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7/13モーニングセミナーの様子
 こんにちは女性 三連休も終わりましたね! とても暑い休日でしたが皆様どの様に
過ごされましたか?
私は前々から気になっていた・・・庭の草むしり、すだれ、お風呂場の掃除と、驚くことに全て
終えることが出来、大満足のお休みでした! 気になっていることが済むと清々しいです
よね! この調子で今週末も頑張りますにひひチョキ

 それでは先週のモーニングセミナーの様子です 下 下 下

7月13日  M・S

★ 姫野知俊会長挨拶

先週は九州北部で豪雨があり竹田でも特別警報が出され心配したが、大きな災害とは
ならず一安心したところだ。ただM・Sの参加者は過去最低を記録した。ちょうどその直
後に仕事で福岡に行くことになった。大分道が開通したばかりだったが、車窓から見る
光景は悲惨なものでその後の映像と重ねると言葉も出ない。一日も早く復旧することと
日常の生活に戻れるよう祈るばかりだ。

 竹田でも過去3回の大水害があり、特に記憶に残る5年前はまさにM・Sの朝だった。
当時氏田氏のことはほとんど知らなかったが、災害直後「・・・竹田に戻ってきてもつ鍋屋
をやっている若い人が毎日ボランティアで片づけをしているらしい・・・」という噂が聞こえ
てきた。それは2~3日とかではなく長期間連日で、昼間はボランティアで手伝い夜は商売
をされていたが、そのことに感動した多くの仲間が次々に集まってきたと聞いている。
勇気と感謝の言葉があてはまる氏のスピーチが楽しみだ。


★ 会員スピーチ   『陽はまたのぼる竹田本店開店から5年』    氏田善宣
              (WOOD HOUSE(株)・陽はまたのぼる 代表)
 倫理を学び始めて5年になる。5年前に水害がなかったら倫理に出会えてなかったかも
しれない。ボランティアで作業をしているときに一緒に作業していた当時の会長の姫野
武俊さんに出会い誘われた。当初はM・Sに参加していたが最近は久しぶりになる。

 福岡で修行をし、福岡で出店しようと思っていたが、故郷竹田で何かできることはない
かと強く思うようになり“陽はまたのぼる竹田本店”の開店になった。開店はしたものの
水害がありお客様はほとんど来なかった。ノーゲストの日が1週間続いた。どうせお客が
来ないのならとボランティアを一生懸命にやった。やがてお客様が増え始め、10か月後
には大分市内に出店、その後竹田に2号店・・・・現在5店舗と1加工所の6拠点になった。
 初めてのスピーチはこの竹田市でのM・Sだったが、昨夜その原稿を見てみるとすごく
尖っており勢いがあったなと思う。焼肉屋の開店まで日付を入れて、当初の2年間は
がむしゃらに走り通した感じだ。

 倫理の学びの中で【苦難福門】という言葉がある。2年前のことだが、午後大分の
事務所で仮眠をとっていたところ、府内店のガスボンベが爆発したという通報があった。
その瞬間事務所から府内店まで300mぐらいはあるが道路を横切り無我夢中で駆け
つけた。店の前は大変な人だかりで消防車と救急車が来ている。3人のスタッフの安否
が判らない。救急隊に聞くが家族ではないのでという理由で教えてくれない。
一人は19歳の女の子だ。新卒採用で、面接の後親御さんにあずからせて欲しいと直接
お願いした経緯があった。一日経ってようやく3ヶ所の病院に運ばれたことが判り生きて
いることだけはわかった。

 翌日から毎日数回病院に足を運んだ。火傷は1週間後ぐらいに起こる感染症がこわい。
予断を許さない状況が続いたが、19歳の女の子が感染症になり危篤状態になった。
 店のまわりの関係者にも頭を下げて廻ったが、厳しく言う人もいたが半数ぐらいの人
はすごく暖かかった。
ほとんど一睡もできない状況のなかで、「もう駄目だ! 過去に戻りたい」と思うことが
何度かあった。このままだと会社は倒産し彼らに補償もできないと思った。「もう駄目かも
しれん!」と妻に言ったとき、「大丈夫! あなたの思っていることは全て解ってる。もし
倒産しても私と二人で一から出直したらいい! 大丈夫よ!」と言ってくれた。このとき
絶対に諦めたらいけない。今出来ることを精一杯やらなければいけないと強く思った。
入院しているスタッフにはとにかく元気になってもらいたい。そして可能であるなら戻って
元気に一緒に働いてもらいたいと一心に願った。

 早い人が1か月後、二人目が1か月半後、そして女の子も2か月後には現場に戻って
きてくれた。ありがたいことに3人とも戻ってきてくれて一緒に働いてくれている。

苦難は逃げてはいけない。真っ直ぐに受け止めていくしかないと強く思った。全ては会社
の責任だったので、その後は会社としてルールや環境を整え不備な部分を改善して
現在に至っている。

 好きな言葉で【働きは最上の喜び】があるが、ただ、自分だけでなく会社全体がそうなる
こと、共有することの難しさをこの5年間痛切に感じている。一人で始めた会社がこの5年
間で年商は10倍になった。月に一度ではあるが全店休業にして全体会議と学びを共有
するようにしている。前回のおもてなしセミナーではっと気づかされたことは、
  『 人生の結果 = 能力 × 熱意 × 考え方 』という稲盛氏の言葉で、考え方
によって大きく左右されるということだ。
人は誰もが幸せになりたいと思うが、物質的な幸せと精神的な幸せとが重なって本当
の幸せになれるんじゃないだろうかと思う。人のために精一杯の思いを尽くすことで物質
的な幸せと精神的な幸せをつかむことができると聞いた。

 氏田善宣という男が竹田にいてよかったと竹田の皆さんに思われるような人生にしたい。


| 竹田市倫理法人会::モーニングセミナー | 12:48 PM | comments (0) | trackback (0) |
7/6モーニングセミナーの様子
 おはようございます。
豪雨や雷もおさまり、蒸し暑いですが天候に感謝です太陽
竹田市は豪雨での災害も経験しているので、激しい雨が降ると心配です。。。

先週のモーニングセミナーはまさにその心配の真っただ中はうー
参加者は少なかったものの無事開催出来たことにも感謝ですねにわとり

 それでは、先週のモーニングセミナーの様子です 下 下 下

7月6日 M・S

★ 姫野知俊会長挨拶

昨夜のことだが、ケイタイで大雨の特別警報が鳴り、子供達も初めての経験で驚いて
いた。雷がすごく日田・朝倉のニュースで眠れなかった。当会員の所では停電したので
その対応に大変だという報せも入っているが、やがて夜が明けて竹田地域に被害が
無ければと願っている。このような状況下で本日は出席者がいつもより少ないが普段
どおり進めたい。


★ 講 話  『困ったところに活路あり』  小野敬一 Le (大分市倫理法人会)

68歳 県では朝礼委員会の副委員長。3年前自宅が森町から別府市に転居したので
昨夜から移動したが、米良あたりを通るときにラジオで警報が鳴り、これまで経験した
ことのないようなすごい雨のなかを向かってきた。

 生まれは挟間町で鶴崎工業高校を卒業したが、次男なので分け与えるものがないと
の父の考えから大学に行かせてもらった。大学卒業後は東芝グループの企業に就職し、
29歳のときに所長として大分に赴任してきたが、35歳で独立した。

人生で困ったとき、選択せざるを得ない状況になることがあるが、35歳で独立したとき
もその状況だった。人も動物も植物も誕生―→成長―→成熟―→衰退へと進んでいく。
人は人間として、家族で、会社で、商品・技術・サービスなどの商材で誕生→成長→
成熟→衰退へのライフサイクルだ。私は何も問題もなく進んできて年齢的には成熟
から衰退の域へと進んでいる。

これまでほとんど病気をしなかったが、つい最近目の病気で1ヶ月ほど入院を余儀
なくされた。学生の頃やっていた社交ダンスを始めて夢中になり、M・Sで早起きする
ので睡眠時間が3~4時間になっていたが、これが生活の赤信号だったようだ。

2人の娘がいるが、長女に思いもかけず婿がきてくれた。孫は4人になり8人家族だ。
森町には隣に土地を用意していたのだが、娘夫婦は別府に家を用意したので一緒
に住もうと言ってくれ新しいライフスタイルが始まった。

会社のことでは、2人の娘に淡い期待をもっていたが継いでくれるようにはならなかっ
た。一緒に苦労してきた専務に渡し、そのあとは社員のなかから継いでもらいたいと
考えていたが、専務が病気になり思い通りにはならなかったが、今ある転機を無条件
で受け入れるように今の環境に合わせていこうと再び社長に戻り後継者を育てるつもりだ。

商材はOA―→ICT―→IOT―→AIと変化してきた。独立の当初はOA機器とプログラム
の販売が中心だったが、最近では資格取得のための訓練・教育の支援と変化してきた。
IOTはインターネットでコントロールする意味でAIは人工知能だ。レジスターでわかる
ように売り上げと同時に商品管理、在庫管理、販売戦略が即座にできるようになった。

第4次産業革命は商社ビジネスからの脱皮―→社内ベンチャーの立ち上げだ。商社
ビジネスは中抜き現象が起きメーカーと消費者が直結してきた。

苦難福門―→困ったところに活路あり。現状を受け入れる覚悟が大事。


| 竹田市倫理法人会::モーニングセミナー | 10:21 AM | comments (0) | trackback (0) |
こんにちは女性 台風の影響はどうですか?
竹田市は10時頃から強風に豪雨でしたが、今少し落ち着いてる感じです音符
小中学校は休校となりましたが、高校は普通通り登校だったので、我が家では
一人だけブーブー言いながら学校へダッシュ にひひ
特に被害なく台風も去ってほしいですね!

 それでは先週のモーニングセミナーの様子ですlove

6月29日  M・S

★ 姫野知俊会長挨拶



当会は8月が年度末となるが、年度内に75社の会員を持たなければならない。現在65
社なのであと10社の仲間を増やすべく普及活動を行っているところだ。先日のことだが、
ある企業にお話ししたところ先方は当会のことをよく御存じで早速入会して頂いた。普段
全く接点のない相手でもこの会に興味を持っていただいていた。10年間の継続が信頼を
得ていたのだと誇らしく思えた。

 倫理研究所発行の雑誌に『新世』があるが、先日取材があった(有)藤野屋商店さんが
掲載されている。“ルーツを辿る”という連載でトップに載っている。是非読んでいただきたい。


★会員スピーチ  『倫理指導その後』    工藤伸吾      (株)松井組



2年半前の1月14日、私は本日の講師である丸本名誉研究員に倫理指導を受けた。
このことは以前のスピーチでもお話ししているが、あれから2年半の実践と結果を指導を
受けた丸本先生の前で胸を張って報告したい。

大分市内にあった子会社の社長として任されていたが、どうにもならない状況になり投げ
出した。竹田に戻ったものの約5年間のブランクは大きく、おり場のない状況だった。
また、出戻ってきた長女は二人の男の子を抱えて離婚の協議中だった。この状況の中で
どのように生きるべきかという指導を頂いた。丸本先生は『二人のために頑張りなさい』と
言われた。一人は社長、そしてもう一人は戻ってきた娘。

この指導により私情雑念を捨てて残りの人生を会社のため、社長のために尽くそうと考
えることができた。栞P88には、『事業の上でも経済の上でも、その他奇禍にあった場合
でも、恐れ、憂え、怒り、急ぎ等々の私情雑念をさっぱりと捨てて、運を天に任せる明朗
闊達な心境に達したとき、必ず危難をのがれることができる・・・・・』とあるが、民間営業
では全ての物件がうまくはこび成果を上げることができたし、糖尿病も克服できた。

長女は市内の病院に勤めるようになり、隣の家に二人の子どもと住んでいる。長男夫婦
も隣に住んでいる。子や孫たちはしょっちゅう家にきているし、同じ敷地内に8人家族だ。

そして学んだことは、栞P100の『うまく行かぬから、望みを失うのではない。望みをなく
するから、崩れていくのである・・・』 私は失いかけていた望みを倫理指導によって取り
戻した。おそらくあと5年ぐらいの現役生活。望みを持って生きたい。

★ 講話  『社長業、失敗と成功』  倫理研究所 丸本征雄 名誉研究員



熊本市出身 74歳 S41年研究所に入所 以来倫理一筋で現在に至る。
 誰でも会社を興せば社長にはなることができる。しかしながら社長に経営能力が無け
れば会社はつぶれてしまう。どんな業種の、どんな会社の社長にも当てはまる、究極の
経営力とは何か・・・。ここに倫理経営(倫理と経営)の本質的意味がある。

■ 失敗と成功の分かれ目
① 状況判断・分析は間違いなかったか→「読み」は的確、「本質」を見抜けたか
② 着眼・方針・打つ手は正しかったか→智恵の「ヒラメキ」か、「思いつき」の失策か
③ 指示、決断の時機はどうだったか→絶妙のグッド「タイミング」だったか

□社長の仕事は煎じ詰めれば「判断」と「決断」 即ち、究極の経営力は「勘」

■究極の経営力は「勘」
① 的確な判断・見事な決断
・「目の前にきたあらゆる機会をとらえて、断乎として善処する人、一度こうと目的を
定めたら、終始一貫やってやってやりぬく人、これが世に言う成功者・・・」栞P35
 ・「時がきたと思えば、一気かせいにやってやりぬく。おしておして押し通す」栞P86
 ・「大窮地に陥った時こそ、度胸の見せどころである。一切をなげうって・・・」栞P87

□確固たる基準・意思・信念→ぶれない 覚悟・度胸・勇気 憂えない・疑わない

② 判断・決断のベストタイミング(「勘」の発動)
 ・「気づいた時――それはその事を処理する最高のチャンスである・・・」栞P24
 ・「事情の最も高潮に達した時、その波動が、人の脳に伝わって気がつくようになっている」栞P24
□最高のチャンス・事情最高潮の波動→自分の脳に伝播=「気づき(「勘」の発動)」
□そのアンテナは自分の体・脳・心→スナオが必須条件(サビ・汚れ無、方向万全)

③ 「ヒラメキ」と「思いつき」(「勘」の感度・精度)
 ・「第一感を働かせよ。これは叡智―あとで考えたのは堕落人間のばか智恵・・」栞P24
 ・「気がついても、いっこうに手を出さず――チャンスを取りにがす・・・」栞P24

□スナオ人間(倫理実践者)=波動を正しくキャッチ=的確な判断・見事な決断
□ワガママ人間(生活の不自然さ、心のゆがみ)=「勘」が誤作動(悪手後手の連鎖)

■「勘ピュータ」を磨く=人間力を高める(日常実践力・家庭力・人徳力)
①「勘」のスピードを磨く→日常実践力=即行・早起き・挨拶・掃除・捨てる
②「勘」のコントロールを磨く→家庭力=夫婦愛和・親祖先に感謝報恩
③「勘」の距離・深さを磨く→人徳力=人徳・人望・信用



| 竹田市倫理法人会 | 11:43 AM | comments (0) | trackback (0) |
久しぶりの投稿
 久しぶりに投稿をいただきました太陽


農家の方はこれまでの晴天が気がかりだったでしょうが、私の農場は近くに水路が
あるのでみんなすくすくと育ってくれています。

先日はジャガイモの収穫をしました。



出来は上々でカルビー製菓に連絡をしようかと思うほどです。

とまとも熟れはじめました。赤と黄とミニと中玉と大玉と多種植えています。
玉ねぎを早めに収穫し、跡地に落花生を植えました。



去年の”ゆでピー”が大変おいしかったので今年は倍近くに増やしました。

きゅうりもナスも最高の出来栄えです。





これまでの休日は楽しかったのですが、いよいよ梅雨です。
休日の過ごし方に困ります。


収穫の時期は楽しみですねlove
私は今年何も植えずじまいでしくしく ただ、今朝ブルーベリーの成長にビックリ!ぎょ
来年辺り期待できそうですにひひ

| 竹田市倫理法人会::投稿 | 10:15 AM | comments (0) | trackback (0) |
6/13モーニングセミナーの様子
 こんにちは女性 梅雨入りしてのお天気の良さも明日のお昼頃までになりそうですね。
明日の午後からはいよいよ梅雨らしく毎日雨マークがついてます。
梅雨は梅雨で楽しみたいものですねにこっ

 ★お知らせですが、23日(金)~26日(月)まで事務局お休みとなります。
ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします <(_ _)>

 それでは、先週のモーニングセミナーの様子です 下 下 下

6月15日  M・S

★ 姫野知俊会長挨拶



先週はお陰様で記念すべき500回目を迎えることができた。また新たな気持ちでスター
トしたい。

 今、仕事に追われていて余裕がない状態だ。社長が1週間出張しているのでその留守
役としても気を遣っている。社長がいないとその瞬間瞬間の判断・舵取りが大変だ。

社業は椎茸の加工・販売だが、ここ2~3年で価格が2~3倍に高騰している。必然的に
買い付けの資金もそれだけ必要になってくる。ある時期に年間分の干し椎茸を購入する
資金繰りは大変だ。販売の価格はなかなかこちらの思うようにはいかないので商品が
激減する中での購入する価格が難しい。安定供給を考えるなら生産まで取り組んだら
どうかと考えてきたが、資金を援助してもよいという企業が現れた。チャンスだと捉え
しっかり検討したい。


★会員スピーチ   『自利利他』   土居昌弘 顧問 (大分県議会議員)




政治家になるためには選挙で勝たなければならない。選挙にはポスターが必要だ。
これまでのポスターを並べてみるとその時々のいろんな思いが蘇ってくる。服装、方向、
文字使いなどいろんな注文があった。写真にも年齢を感じる。

 さて、何故政治家を目指そうと思ったかについて話したい。大学を卒業して旅行会社
に勤め企画・営業をしていた。旅行会社というのは自社では何も持たず人の物を利用
して手数料だけで運営するので利益を上げるのに苦労する。あるとき和歌山県の中学
生400人をイギリスに連れて行くと言う企画を担当したが、ジャンボ機をチャーターしたり
すると利益は圧迫された。29歳のとき家業を継ぐために竹田に帰ってきた。旅行会社
での経験がまちづくりにも役立つと思い会議所青年部にも所属した。

あるとき市報に目を通していると精神保健ボランティア養成講座というのに目がとまり
受講することにした。デイケア体験では生きるか死ぬかとさまよっている精神障害の
人達とふれあい、この人たちを何とかしたいと思っていたとき、自分の脳に腫瘍がある
ことがわかった。九大で腫瘍を摘出する手術をしたが、結果は陽性だった。

2ヶ月の病院生活で部屋の相棒は悪性ではないかと思われた。私よりまだ若く毎日の
ように奥さんが赤ちゃんを連れて見舞っていた。私は陽性で生きられるが、家族があり
私より若い彼は死ぬかもしれない。命とは何なのかと真剣に考えた。

やがて退院し竹田に戻ってきたが、市会議員をしていた叔父が引退するので代わりに
商店街から出馬してくれないかと要請があった。商店街の振興はもちろんだが福祉に
関する思いもあり出馬する決心をした。以来、市議を2期そして県議を3期務めてきたが、
市民とのパイプ役だけではいけないと思っている。そこに自分のフィルターを通して議員
としての考えで行政に伝えていくこと、また自分の考えを市民に訴えていくことが議員の
仕事ではないかと思っている。精神障害の分野で我が国は世界に比べると残念ながら
2周遅れだといわれている。早く1周遅れ半周遅れともっていくために尽力したい。

 命とは何か。生きるとは人のためになろうとすることで、人の喜びをわが喜びにする
こと。その思いで議員活動をしている。自分が頭の手術をしていなかったらこのような
思いにはならなかったと思う。その視点をもちながら福祉や教育の面で行き届いてない
ところに目を配って活動していきたい。


| 竹田市倫理法人会::モーニングセミナー | 11:10 AM | comments (0) | trackback (0) |
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